東国の熱量を届ける

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インタビュー

地域の暮らしを食で支える
“スーパー”ヒーローの誇り

松村 朋幸さん

株式会社タイヨー
人事部人財採用課マネジャー

茨城県土浦市で生まれ育ち、地元・茨城をこよなく愛する株式会社タイヨーの松村氏。高校時代の挫折や「教師になる」という夢の転換を経てタイヨーに入社した彼は、定時退社を命じる上司との出会いや、自ら手を挙げ続けて掴んだ採用担当としてのキャリアなど、自らの歩みを実直に重ねてきた。
東日本大震災という未曾有の危機で実感した「地域から当てにされる」ことの誇り、そしてアナログ文化からの脱却を目指す同社に秘められた「伸びしろ」とは。地域住民の生涯に密接に関わり続けるスーパーマーケット業界で働くことの真髄と、未来の仲間に求める「好奇心」について迫る。

挫折を救った応援団と
「本気」の会社との出会い。

── 生まれも育ちも茨城とのことですが、学生時代はどのようなキャラクターでしたか?

生まれも育ちも茨城の土浦です。物凄く記憶に残っているのは、高校1年生になった時に初めて「勉強がわからない」というショックを受けた出来事です。優秀な人が集まる学校に入り、中学までは「自分は優秀だろう」と思っていた最中、自分が普通の人だとわかったことによる反動で挫折したことを覚えています。落差に耐えられず学校に来られなくなる人もいる中、私を救ってくれたのが野球部の応援団でした。じゃんけんに負けて応援団員になったことが始まりのきっかけですが、やってみたら本当に楽しくて。夏の炎天下に学生服を着て厳しい練習をするある種の苦行のような環境でしたが、そこで2年間部活動としてやり遂げたことが、自分の大きなターニングポイントになり、今でも背中を押してくれています。

── そこから、どのような経緯で株式会社タイヨーに入社されたのでしょうか?

小学生の頃から学校の先生に憧れていて、中学校の社会科の教師になりたいと思い茨城大学に進学しました。ただ、大学1年の秋には「自分は教師に向いていない」と悟ったんです。自分が小学生の頃に思い描いていた憧れの教師像と大学生になって見えてきた当時の社会像に大きな乖離があることに気が付きました。それでも、教員になることへの未練があったのだと思います。
学習塾でのアルバイトを4年間続け、圏内の学習塾の会社から内定もいただいていましたが、何か甘えのような気がして…。自分で動き、いろいろな業界を見たうえで、手応えのある就活をしたいと茨城県内の企業を受けました。その中で出会ったのがタイヨーでした。

── 数ある企業の中で、タイヨーの何に惹かれたのですか?

当時の採用担当者(現在の総務部長)に惚れ込んだのが一番の理由です。大学の寮にわざわざ電話をかけてきてくれて近くの喫茶店まで会いに来てくれたり、千葉駅でのセミナーに参加したりしました。
説明会でも自社の魅力について熱心に話し、意欲の高い学生を惹きつけている姿を見て、企業の本気さをひしひしと感じたことを覚えています。今の時代だと”熱量が高すぎる”と思われてしまうかもしれませんが、学生や仕事に真摯に向き合う姿勢がとてもカッコイイと思えたことを鮮明に覚えています。実際に、仕事が忙しいはずの若手社員たちが、笑顔で生き生きと「うちの会社、忙しいですよ」と説明会で話している姿もありました。この人たちがいる会社なら安心できるし、自分も生き生きと働けるチャンスがあるかもしれないと思えたんです。

震災で実感した地域からの信頼

── 実際に入社されてみて、いかがでしたか?

覚悟はしていたつもりですが、確かに仕事は忙しかったです。残業するのが当たり前、という時代でした。ただ、休憩時間は今よりもずっとのんびりしていました。みんなでジュースを飲んだり、お昼休みはトランプや将棋をしたりと、人間関係が濃密でアットホームでした。それにすごく救われましたね。
その後、入社3年目で同じ店舗の別部門に異動しました。このときの新しい上司との出会いも衝撃的でした。

『お前が残業していると俺も早く帰れないから、定時で帰れ』

と言われたんです。限られた時間の中でどうやって最大の効果を出すか、やることとやらなくていいことの線引きを目の当たりにし、仕事の進め方や社会人としての価値観を根本からひっくり返されました。仕事の在り方や進め方は一つだけではない、という大切な考え方を手に入れた出会いでもありました。

── その後、店舗から採用担当へとキャリアを進められたのですね。

はい。土浦店で6年、石岡店で2年半ほど現場を経験しました。その間、社内の自己申告書で「採用や教育の仕事をやりたい」とずっと書き続けていました。2001年卒から5年間新卒採用が止まっており、2006年卒から新卒採用を再開するタイミングで私に声がかかりました。それから20年間、採用と教育の最前線に立たせていただいています。

── 長年タイヨーを見てきて、同社最大の「武器」や「価値」は何だとお考えですか?

一番は「食品を安く提供すること」です。

これは創業者の絶対的な信念で、食料品が安く買えること自体が地域や暮らしを支えることなんだと。それを地道に、愚直に実行して信頼を作ってきたことが最大の強みです。
もう一つは「商品がちゃんとあること」の安心感です。東日本大震災の時、社長が自ら車を出してメーカーへ商品を取りに行き、店頭では現場の店長が「米はこれくらいあります」「水は何時に来ます」と情報を毎日貼り出しました。お客様から「タイヨーに行けば商品がある」「タイヨーがあって安心した」と言葉をいただき、私たちが思っていた以上にタイヨーが地域から「当てにされている」ことを実感しました。このときにいただいた言葉たちが、スーパーマーケットの価値であり、ここで働く醍醐味なんだと考えるようになりました。

堅実経営から生まれる、未来への圧倒的な「伸びしろ」

── 千葉・茨城エリアでタイヨーが大手チェーンにも負けない強い地位を築いている理由はどこにあるのでしょうか?

創業者が実行してきた非常に堅実な経営戦略が根本にあると思います。会社の経営状況、市況感などを適切に判断し、背伸びしない経営を推進し、着実な店舗展開を貫いてきました。もし、背伸びした経営をして、無理な拡大主義をとっていたら、今頃このような会社ではなかったかもしれません。人が育ち、自前で資金をやり繰りできる形で吟味して出店してきたからこそ、今の強固な地盤があります。
例えば、本社の隣にあるオークビレッジの店舗も、地域コミュニティの中心として機能しており、いざという時にお客様が当てにしてくださる大切な場になっています。

── 堅実な成長を続ける一方で、今後の課題や「伸びしろ」はどのあたりにあると感じていますか?

実は、社内のシステム化や情報の水平展開といった新しい仕組みづくりに関しては、大きなポテンシャルが残されています。これまで現場の人の力で手厚く支えてきた分、デジタルを活用していくことで、投資余力や生産性を高める力がまだまだ眠っていると捉えています 。


また、自分たちで商品を作るプライベートブランドの開発力や、会社がやっている良い取り組みを外部へ発信していく広報力も、これからまさに強化していきたい領域です 。
会社としても、今まさにシステム変革を力強く推し進めようという機運が出てきています。見る人から見れば「これからこんなに新しいことができるのか」と驚かれるかもしれませんが、裏を返せば、これから入社する方にとっては「会社をより良くするための提案ができ、自分の力を大いに発揮できるチャンスに溢れた環境」だと思っています 。

一生涯関われる仕事の価値

── 今後、タイヨーの未来を一緒に創っていく仲間に、どのような価値観を求めていますか?

「好奇心」を持ってほしいとよく伝えています。情報があふれる時代ですが、本当にお客様が求めていることは何だろうかと、今ある情報は本当にお客様や地域が求めている情報なのだろうか?と、自分で確かめて一歩深掘りする力が必要です。そういう姿勢を持った人が最終的に活躍していく姿を目の当たりにしてきています。

── 最後に、就職活動をしている若者や、地域で働くことを考えている方へメッセージをお願いします。

「何をもって社会に貢献したいのか」を考えたとき、スーパーマーケットは地域への貢献を最も実感できる場所の一つです。お客様の生涯で考えれば、週に1回通うとして一生で約4000回も来店される。これほど人々の暮らしと密接に繋がり続けられる仕事は他にありません。 AI化が進み、省人化のニュースが毎日流れる時代だからこそ、お客様と直接コミュニケーションを取り、命に直結する「食」を扱う私たちの仕事は、これからさらに価値が上がっていくはずです。自分の取り組みによって、地域も良くなり、会社も良くなり、自分自身も豊かになる。そんな実感を持てる余地が、タイヨーには大いにあります。

番外編:茨城を楽しむ

── 茨城一筋。昨年はスポーツで大盛り上がりでしたね。

生まれも育ちも茨城の土浦で、配属も土浦や石岡と、ずっと茨城県南エリアで過ごしてきました。茨城県民としての愛着はとても深いです。
茨城といえば鹿島アントラーズですが、土浦エリアは常磐線で1本で行けることもあり、実は柏レイソルのサポーターも結構多いんですよ。また、昨年J2を優勝し、今年からJ1参戦の水戸ホーリーホック。このチームも元を辿れば土浦のサッカークラブが母体だったりするので、ルーツを感じて応援しています。県南エリアならではの視点で地元のスポーツを楽しむことができるのも、この地域の面白さだと思います。


松村 朋幸氏について

茨城県土浦市出身。
茨城県内大学進学。学習塾でのアルバイトを経て、就職活動で(株)タイヨーに新卒入社。
入社後は土浦店で青果担当として6年間勤務し、その後、石岡店で2年半主任を務めた。
2006年の新卒採用再開を機に、以前から希望していた人事部門の採用担当に抜擢。以来約20年にわたり同社の採用・教育の最前線に立ち続けている。


(取材後記)

ユーザー名

「あって当たり前の場所」は、裏を返すと「ないと困る場所」です。地域にとって、タイヨーはこのような存在だと実感しました。また、松村氏へのインタビュー中に私の頭の中にあった風景は「ディズニーランド」です。ディズニーランド内のどのアトラクションも、どのスタッフも安心感と安定感のあるサービスを届けてくれます。タイヨーの店舗に足を運ぶと、整理整頓された店内、職人芸のようなスピード感のあるレジ担当者、探し物があれば探し物の場所まで丁寧に案内してくれるスタッフの方。ここには「なんでも出てくるのではないか?」とワクワクする空間が広がっています。

経済・人材メディアでは「スーパーマーケットは最終手段」という記事もありますが、タイヨーは「スーパーマーケット界のディズニーランド」であり、地域住民や若者が一歩踏み出すことのできる安心と安全の一丁目一番地だと確信しました。地域貢献がしたい、地域活動がしたい、と考えている方はぜひ一度タイヨーの門を叩いてみてほしいです。

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