「辺境でありながら最強」。そんな唯一無二の物語を持つプロサッカークラブ、鹿島アントラーズ。そのホームタウンを中心に、スポーツを核とした地方創生事業を展開する株式会社KXで、コミュニティ形成の最前線に立つのが黒木康成氏です。大学院で企業の社会的意義やCSRを研究後、グローバル企業やJICAでの国際協力、さらに農業系スタートアップでの挑戦と、多彩なキャリアを歩んできた黒木氏。実は学生時代から鹿島アントラーズのファンであり、茨城県内の大学に進学したという縁を持つ彼が、再び鹿嶋の地に降り立ち、「まちづくり」に奔走しています。地域に眠るプレイヤーを見つけ出し、「ワンチャンやってみようぜ」と背中を押し続ける黒木氏。2022年10月、宮崎から鹿島へ移住し、自らも”ワンチャン”を体現し続ける黒木氏が描く、泥臭くもクリエイティブなストーリーに迫ります。
グローバルからローカルへ。
32歳の決断と、鹿島への“帰還”
── ヤマハ発動機からJICA、そしてスタートアップと非常に多彩なご経歴ですね。まずは現在の活動に至るまでの歩みをお聞かせください。
私のキャリアの根底には、一貫して「社会課題解決への貢献」という想いがあります。学生時代から貧困問題やインフラ整備などの社会課題に興味を持っていました。その中でも、海外での社会課題解決に強く興味を持っていたこともあり、アフリカや発展途上国を含めた海外売上比率の高いヤマハ発動機に入社しました。最初は国内営業を経験し、その後JICAへ出向してODAや国連担当など、念願だった国際協力の最前線で経験を積ませていただきました。素晴らしい環境で、会社や業務内容への不満は一切ありませんでした。しかし、30代を迎え、大手企業での業務の全体像が見えてきた中で「もっと事業全体を動かす力をつけたい、35歳になってから動くのでは遅い」と、32歳のタイミングでキャリアの再考を決断しました。折しもコロナ禍で国内に目を向ける時期でもあり、祖父が宮崎で農業を営んでいたルーツもあって、宮崎の農業系スタートアップへ転職しました。
── 宮崎での活動から、約1000km離れた鹿島への移住。どのようなご縁や背景があったのでしょうか。
宮崎の農業系スタートアップの取り組みの中で、代表から「アントラーズの社長が視察にやって来る」という情報をもらいました。実は、学生時代から鹿島アントラーズの大ファンであり、かつ大学時代を茨城県内で過ごした背景もあり「自分にアテンドさせてください!」と頼み込んだんです。視察の際に、KXの第1号社員である菊池と出会い、『2008年のカシマスタジアムでのジュビロ戦で劇的な勝利の後の虹に感動したエピソード』でかなり盛り上がったことを覚えています。当時はアテンドのみでしたが、時を経て、農業系スタートアップから次の社会課題解決のフィールドを探しているタイミングで、大学時代の後輩が菊池をもう一度繋げてくれたんです。今後の方向性を模索している中で、人材エージェントにもお力添えいただきながら全国各地の社会課題解決系の求人を紹介してもらっていたのですが、菊池からの「一緒にやらないか」という一声に、どんな求人よりも自分の中に響くものがありました。当時のKXは、鹿嶋におけるまちづくりの方向性を模索しているフェーズでしたが、「地方におけるプロスポーツチームの存在意義を最大化する」というビジョンに強く共感し、転職・移住を決意しました。
── 奥様もご一緒に移住されたと伺いましたが、生活環境が大きく変わることへのハードルはありませんでしたか?
それが、全くありませんでした。妻と出会った当初から一緒にアントラーズの試合観戦に行っていたこともあり、鹿嶋市への移住は暗にイメージできていたのかもしれません。1社目は転勤が常時ある会社だったこともあり地域を変えて暮らすことへのハードルは元々低いタイプだったとも思います。そのため、一世一代の覚悟というよりも「人生の新たなステップ」として前向きに捉えてくれました。

おもちゃ屋の一角から始まった「Asobiya」と、
眠れるWillを掘り起こす「カシマダチ」
── KXに入社後、「人を中心としたまちづくり」を掲げられていますが、具体的にどのようなアプローチから始められたのでしょうか?
鹿嶋らしい街との関わり方を模索する中で、まずは徹底的に交流の場を作ることから始めました。地域の方々と徹底的に交流するなかで、このまちでチャレンジ自体は発生しているが、点で存在していて横通しの繋がりがなく、地域全体の熱量に繋がっていないという感覚を持ちました。そこで、KX自身が定期的に集まれる交流の場所を持とうと考えたんです。拠点となった「Asobiya」は、実はおもちゃ屋さんの日本人形の展示場だった場所なんです。知り合い伝手で頼み込み、お貸しいただけることになりました。最初は地域の方々に個別にお声がけをして、誰もが気軽に参加できる”飲み会”を毎週のように開催していました。
── そこから、どのように事業を展開されていったのですか?
場を運営する中で、地域にはそれぞれの想いを持って活動する素晴らしいプレイヤーがいることが分かってきました。ただ、それぞれの想い(Will)の強さには濃淡があります。そこで、まだ言葉になっていないWillを掘り起こすために、KXとして「カシマダチ」といういわゆるビジネスコンテストを企画しました。さらに、明確な意思やアイデアを形にするフェーズとして、明確なWillを持つ人向けにはキッチンカー型のチャレンジショップ「チャンス区画」の運営を行っています。また、KX自身の重要プロジェクトとして、宿泊施設「No.12」の運営も進めています。年間30〜40万人ものアントラーズサポーターが鹿嶋を訪れますが、多くが宿泊せずに首都圏へ帰ってしまいます。この熱量を地域に還元するための受け皿づくりは、非常に優先順位が高い事業です。
── 鹿嶋だけでなく、鹿行エリアや、香取、成田など近隣地域を含めて、どのようなビジョンを描かれていますか?
地域を盛り上げるには、熱意あるプレイヤーの一定の「密度」が重要だと考えています。面白いプレイヤーが点在しているだけでは、「鹿嶋はおもしろい」という大きなうねりにはなりません。だからといって、香取や成田を含めた広域を一つの箱にまとめるのではなく、地域同士が健全に競い合える「ホーム&アウェイ」の関係性を作りたいと考えています。お互いのコミュニティを訪問し合い、「あの地域で面白いことを始めたから、自分たちも負けていられない」と刺激を与え合う。そんな「地方版のチャンピオンズリーグ」のような健全な競争環境を築くことで、地域全体の熱量が高まっていくと嬉しいです。そのために、まずは鹿嶋・鹿行エリアで取り組みを継続していきます。

地域にプロスポーツチーム、
アントラーズがあることの意味を紡ぎ、伝えていく
── 宿泊施設「No.12」やAsobiyaの運営など事業が拡大する中で、どのような人材を求めていますか?
大変ありがたいことに、周囲からのお声がけや自分たち自身のアイデアはたくさんあるのですが、それを実行するリソースが圧倒的に足りていません。例えばAsobiyaも、ゆくゆくは専任のコミュニティマネージャーに運営を任せていきたいと考えています。私たちが求めているのは、特定のスキルに特化した方というより、事業の企画から現場での実行・推進までを一気通貫で泥臭くやり切れる「総合格闘技型」の人材です。
これは、単なる地方創生ではありません。地域に入り込み、現場で汗をかきながら、プロスポーツチームという強力な軸(鹿島アントラーズ)を活用して地域の可能性を最大化していく、類を見ない挑戦です。
「辺境の地である鹿嶋」に、「最強であるアントラーズ」というプロサッカーチームの軸を掛け合わせ、地域の可能性を最大化することができれば、その成功モデルは、日本全国の第二の鹿島、第三の鹿島を各地で創出することにつながると考えています。
この”最強のアントラーズ”を、あなたのキャリアを懸ける最初の「ワンチャン(挑戦)」の場としたい。自分のふるさとにスキルを還元したい、あるいは全く新しい地方創生に投じたいという、企画から実行まで担える猛者を求めています。
── この地での挑戦を存分に楽しんでいる、黒木さんご自身の原動力について教えてください。
「大好きなアントラーズが、この地域に存在し続ける意味」を最大化する活動はオンオフ関係なくなるほど没頭できる時間です。マーケットのセオリーから見れば難しい環境の中にあっても、圧倒的な強さを誇る。この「辺境でありながら最強であること」は、何にも代えがたい価値です。このスポーツが地方にあることの意義に共感し、一緒に面白い未来を創ってくれる仲間を待っています。全員が地域全体を俯瞰する必要はありません。自分がやりたいことを、プレイフルに突き詰めてほしいと思っています。
(※ホームスタジアムから30km内がビジネス商圏と言われています。鹿島アントラーズの場合、約25万人。一方で、浦和レッズは約1700万人、横浜Fマリノスは約1500万人、ガンバ大阪は約1000万人。アントラーズと近い商圏のチームは大分トリニータや、愛媛FC、鹿児島ユナイテッドFCなど。)
鹿とサウナ。
コミュニティに溶け込むことで見える景色
── 多忙な日々の中で、オフの時間はどのように過ごされていますか?
周りには「ちゃんと休もう」と伝えているのに自分は動き続けているかもしれないです。。とはいえ、リフレッシュしたいときはもっぱら「鹿とサウナ」ですね。鹿嶋ならではを感じながらサウナでリフレッシュするのが最高のリセット法です。あとは、地域のコミュニティに自らどっぷりと入り込むことも大切にしています。仕事だからという枠を超えて、地域の皆さんの日常に溶け込むことで初めて見えてくる景色や、生まれる信頼関係がたくさんあります。そうやって得た気づきが、また次のまちづくりへのエネルギーに繋がっています。
黒木康成氏について

株式会社KX プロジェクトマネージャー
鹿児島県南九州市出身。ヤマハ初動機にて船外機市場を担当したのち、JICAに出向しカンボジア・ラオスのODA業務に従事。その後転職を、宮崎県内のスタートアップ企業へ転職。2022年11月に株式会社KXに入社、茨城県鹿嶋市へ移住。現在はAsobiya、チャンス区画、アートPJなどを担当。
鹿嶋市内でのお困りごとや知りたいことがあったら、まずは黒木氏に相談してみることをおススメします。
( 取材後記)
大企業や国際機関という「約束されたキャリア」から離れ、ビールの空き箱を並べた手作りの酒場で笑う黒木氏。その姿は、冷徹なビジネスマンというよりも、地域に灯火を掲げる熱源そのものでした。
「辺境でありながら最強」
そのゆるぎない誇りを胸に、KX社が、黒木氏が、そして、これからこの地で仲間になる人たちが仕掛ける数々のプロジェクトから目が離せません。鹿嶋を起点に巻き起こる新たな熱狂と、次々と生まれるローカルチャレンジャーたちの姿が、今から楽しみでなりません。