東国の熱量を届ける

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インタビュー

「長生きしてごめんね」と言わせない社会へ

林英恵さん

Down to Earth株式会社 代表取締役

パブリックヘルスの最前線から地元・香取で挑む、医療と文化の融合

ハーバード大学大学院社会行動科学部で日本人女性初となる公衆衛生の博士号を取得し、グローバルに活躍を続ける林英恵氏。しかし、その輝かしいキャリアの裏には、就職活動での「内定ゼロ」やニート生活といった経験がありました。ニューヨークでキャリアを突き進む中でライフステージの変化を経て彼女が次に選んだ舞台は、故郷である千葉県香取市佐原でした。日米を行き来する多忙な日々のなか、なぜ彼女は地元で在宅医療の診療所と研究所の立ち上げを決意したのか。その背景には、最愛の恩師や家族との別れを通して直面した「日本の長寿社会の現実」と、地元・佐原に根付く「豊かな繋がり」への強い思いがありました。科学的エビデンスと先人たちの知恵(文化)を融合させ、次世代のウェルネスの形を力強く提示する林氏の、背景とこれからのストーリーに迫ります。

「なんでちゃん」からニート生活の悔しさ。
パブリックヘルスを志した原風景

──まずは林氏のルーツについて伺います。パブリックヘルスという分野を選ばれた原体験はどのようなものだったのでしょうか。

幼い頃から、当たり前とされていることに対して「なぜ?」と理屈を質問せずにはいられない性格で、周囲からは「なんでちゃん」と呼ばれていました。小学生の時には毎日小学生新聞で小学生記者として総理大臣に取材する機会もあり、「自分たちで社会に直接働きかけることができる」という実感を得たことも大きかったです。昔から命や、人が生きること・死ぬことに対して強い関心がありました。

──順風満帆に見える経歴ですが、著書やポッドキャストでは「どん底の時代」についても語られていますね。

大学卒業後の就職活動に失敗し、周囲が社会人としてキャリアを歩み始める中、フリーターとなり、最終的にニートになりました。20代という気力も体力も有り余る時期に、何も生み出せていない自分が悔しかったです。当時、メンターとして仰いでいたハーバード大学の教育大学院を卒業された先輩の野村るり子さんに「選ばれなかった道は、他の道に選ばれている」と言われたことを思い出します。当時はとにかくこの状況から脱したい一心で、就職活動や海外の大学院受験に力を注いでいました。

──現在行っている公衆衛生の活動につながる出来事があったのでしょうか。

印象に残る出来事は2つあります。1つは、前述の二人三脚で歩んできた野村るり子さんをがんで亡くしたことです。彼女の秘書件鞄持ちのような仕事をしていました。10年間彼女の一番身近にいたにもかかわらず、多忙を極める彼女に、健康を気遣うことの大切さを伝えることをしなかった後悔があります。もう1つは、香取市と多古町で両祖父母の介護を経験したことです。医療過疎地域であるこの地域での介護や看取りの経験によって、地域の格差や医療資源なども含めて様々な公衆衛生の課題に気がつきました。

「長生きしてごめんね」
祖母からの言葉と地元でつくる在宅医療と研究所

──アメリカで華々しいキャリアを築かれてきた林さんが、なぜ今、香取市で在宅医療の事業と研究所を立ち上げようと思われたのでしょうか。

ニューヨークの広告会社の本社で働くというのは一つのキャリアとしての目標でした。当時、ハーバード公衆衛生大学院での博士課程にも在籍し、二足の草鞋を履く生活でした。日本とニューヨークを出張で行き来する中で、地元の高齢化や過疎化が急速に進んでいることを肌で感じました。何不自由のないニューヨークでの暮らしであるのにもかかわらず、何か足りない、そんな気持ちを抱くようになりました。人や地域の役に立ちたいと思いパブリックヘルスを専門にしている自分の足元が、大きな課題に直面していました。両祖父母も年老いていく中で、人生最大のギフトは一緒に時間を過ごすことだと感じ、最後の恩返しをしたいと考えるようにもなりました。アメリカには縁があればいつでも戻れると感じたため、一旦日本に帰ることにしました。

両祖父母の介護をする中で、私の祖母が「長生きしてごめんね」というようになりました。長年の父母の介護を見ての罪悪感や、我々の負担を思っての言葉だったと思います。パブリックヘルスは人が長生きできるようにするための研究を行っています。にもかかわらず、長寿国である日本で、長生きした人たちにこのような気持ちを持たせてしまっている現状に対して、とても悲しくなりました。様々な話を見聞きする中で、私が経験したことは日本中で起こっていることだということを知りました。医療過疎地域と高齢化、この中で、自分ができることはなんだろうと思い、在宅医療の診療所と研究所の設立だと考えました。

──ご自身の専門分野の目的と、目の前の現実とのギャップを感じられたのですね。

自分が学んできたことを社会に還元したいとは常日頃思っていました。その中で、足元である家族や地域の課題の重さを知り、ここを無視するわけにはいかないと強く思いました。それが、香取市で在宅医療の診療所と研究所を立ち上げる理由です。

──新しく設立される診療所や研究所では、どのようなことに取り組まれるのですか?

今後、診療所と研究所をオープンする予定です。診療所を医療過疎地域の在宅医療の直接的な「解決策」になること、そして研究所で出すエビデンスを通じて、それらを世界に還元していきたいと思っています。研究所では、全国の在宅医療の現場と連携し、在宅医療におけるデータを長期的に取得していきたいと思っています。その基盤作りを始めます。例えば「ベッドをどこに配置すれば患者さんの予後(※1)が良いか」「介護のどの時点で何をすると精神的・身体的な負担が減るか」といった課題は、まだエビデンス(科学的根拠)が不足しています。ここでの研究結果を日本の医療現場に還元し、世界へ発信していきたいと考えています。

※1)予後…治療後の病気や怪我の経過、回復の可能性、生存確率など、今後の病状に関する医学的な見通しのこと

パブリックヘルスを最優先に。
その先に見据える次世代へ繋がる文化の継承

── 香取市(佐原)という地域には、どのような可能性を感じていますか?

佐原は、水路が発展していたため、街の至る所に細い路地が残っています。古い街並みが多く、道路が狭くて車の移動は不便ですが、歩くには楽しい街並みが残っています。最近はパブリックヘルスの社会でも「文化的処方」という言葉もあり、何世代もが協力して行うお祭りは、この地域の人々の健康や幸せに寄与しているのではないかという仮説を持っています。世界の研究者が特に高齢男性の社会的孤立問題に苦労する中、佐原の男性たちは祭りの準備を通じて定期的に集まることができます。この昔ながらの「サードプレイス」の文化は、地域のソーシャルキャピタル(社会関係資本)として機能しており、誇るべきものだと思います。ソーシャルキャピタルとは、人と人とのつながり・信頼・相互扶助の度合いを表すものですが、これらは人の健康に重要ということが明らかになっているからです。

 

── 一方で、少子高齢化によりそうした文化の維持も難しくなっていますね。お祭りと科学を結びつけることで何が可能になるのでしょうか?

大切にしたいのは、少子高齢化の時代であっても、お祭りなどの文化が存続していくことです。私たちのような科学者がすべきことは、現場で科学的データをしっかりと収集・作成し、それを適切な場所(行政や各機関)へ提供していくことです。お祭りに限らずですが、パブリックヘルスを追求した結果として、「この文化が健康や幸せに寄与している」と科学的価値が付与されれば、新たな価値を生み出し、違った形で補助金や助成金などのお金や人などの資源が集まってくる可能性があると思います。これらにより、結果的に文化の存続に貢献できるのではと考えています。先人たちが守り、受け継いできた尊い文化を次の世代にしっかりと繋いでいく必要があります。日本各地で失われていってしまっているこのような素晴らしい歴史的な取り組みに、科学的な価値をつけて、地域に恩返しをしたいと思っています。

地元香取市佐原での大切な時間

──最後に、日米、東京⇔香取を行き来するなど常にお忙しい日々の中で、林氏のリラックスを教えてください。

佐原に帰ることです。佐原、東京、アメリカの3拠点での生活が自分に広がりと深みを与えてくれています。中でも佐原に帰り、自然の中で生活することが何よりのリラックスです。

それには、佐原という土地が持つ癒しのエネルギーと、前日の地元ならではの人との繋がりがあると思います。先日も1時間歩いただけで、7人もの地元の方から息子が「大きくなったね」と声をかけられました。この温かい繋がりや心地よさを保つことが、私にとって何より重要です。あとはヨガをすることと、香取にある大好きなお店に行くことですね。日常こそが、人々の暮らしにおいて最も大切なものだと思います。佐原で過ごす日常が私は大好きです。


林 英恵(はやし はなえ)氏について

パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)
Down to Earth 株式会社 代表取締役
慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授。東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得 (Doctor of Science:科学博士・学部で同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得した。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。会社名の「Down to Earth」は、英語で「実践的な、親しみやすい」という意味を持つ単語で、学問と実践の世界をつなぐことをミッションにしている。現在は、「社会の仕組み」を変えるために、国際機関や政府、自治体、企業などの健康プログラムの戦略開発やブランディング、経営戦略のコンサルティング・リサーチなどを行なっている。特に、ビジネスにおいては健康増進や環境などの社会課題とビジネスの成功の両方を目指す戦略・事業開発やブランディングを専門とする。加えて、現在「個人の行動」を変えるためのライフスタイルブランド設立準備中。

2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー「Asia 21 Young Leaders」に選出。また、2020年、アメリカの元アイゼンハワー大統領設立のアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が選ぶ「Global Women’s Leadership Fellow」に唯一の日本人として選ばれる。両組織において現在も同フェローとして国際的な活動を続ける。

▼記事内写真

撮影:榊智朗

▼著書

・『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)
・『健康になる技術 大全』(ダイヤモンド社)
・『生きる なーぜ なーぜ心と体のふしぎえほん』(小学館)

▼ご活動

ちば在宅医療 ことはじめ
令和7年度 千葉県在宅医療スタートアップ支援事業(在宅医療養成研修事業)

▼ポッドキャスト

聞く健康習慣 Hana博士の体調最高ラジオ


(取材後記)

ユーザー名

 「地元の誇り」
林氏との対話を一言で表すとすれば、この言葉がふさわしいと感じました。
「論より証拠。パブリックヘルスを科学的データで証明、提供する。」と語る林氏の言葉には、最先端の科学を追求し続ける研究者としての誠実さと、地元を深く愛する一人の人間としての温もりが同居していました。グローバルな視点を持つ彼女が、あえて「故郷・香取」というローカルな舞台を選び、次世代のウェルネスの形を確信を持って提示する姿は、香取市だけでなく少子高齢化に直面する日本の多くの地域にとって、大きな希望の光になるはずです。豊かな暮らしを学びに来る場所「香取」としての未来をあなたも一緒に描いてみませんか?

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