コンクール5冠の奏者が辿り着いた
等身大のプロフェッショナル
香取市佐原の小野川を、軽やかに進む舟。その船頭を務める片野聡氏は、同時に篠笛の全国コンクールで5度の優勝を誇る、日本屈指の奏者でもある。
「地域のため」といった大きな言葉で自分を飾ることはない。ただ、目の前の音に、目の前の客に、己の全存在を投じる。東京でのバンド活動、福岡県柳川での厳しい船頭修行を経て、故郷・佐原で見つけたのは、笛と舟という二つの道を等しく「本気」で極める生き方だった。
組織に頼らず、己の腕一本で立つ。ソロプレーヤーとして道を切り拓く表現者が語る、飾らない本音に迫ります。
祭りの響きが「根っこ」にある、自然体の歩み
── 音楽の道を志したきっかけについて教えてください。
きっかけというより、物心ついた時にはすでに音楽が身近にありました。父の影響もあり、幼少期からお囃子の音に親しむのは、私にとってごく自然なことだったんです。小中学校では郷土芸能部、高校では軽音楽部に所属し、大学進学とともに上京してからはバンド活動に没頭しました。当時は東京で音楽を続けながら、アルバイトで生活をつなぐ日々。その後、20代半ばで地元に戻ってから、本格的に篠笛の演奏活動を始めることになります。
── 佐原の大祭は、片野さんにとってどのような場所ですか?
どんな環境に身を置いていても、祭りの時期には必ず戻って参加してきました。それは楽しみという以上に、一つの「責任」です。3日間、何事もなく無事に終わらせること。若手の頃からその重みを感じながら参加してきた経験が、今の自分を支える精神的な土台になっています。

100人いれば、100通りの一期一会
── 「船頭」という仕事に惹かれた理由を教えてください。
地元の水郷佐原あやめパークで舟を漕いだのが始まりですが、その面白さに強く惹かれました。もっと技術を極めたいと思い、2017年からは船頭の本場である福岡県の柳川へ渡り、7年間働きました。 柳川は命を預かる責任感や操船技術のレベルが非常に高く、職人として認められるまで実直に研鑽を積む毎日でした。
── その経験は、今の活動にどう活きていますか?
「接客の即興性」ですね。私が大切にしているのは「100人いれば100通り」ということです。出航して最初のご挨拶でお客様の反応を見極め、案内を瞬時に変えていきます。
これは篠笛の演奏も全く同じです。その場の空気を読み、相手が何を求めているかを察知してパフォーマンスを提供する。私にとって船も笛も、一期一会の「ライブ」なんです。
生涯 一プレーヤーとして生きる。
── 篠笛コンクールで5度の優勝。圧倒的な実績ですが、今のスタンスは?
「日本一」という評価をいただくのは光栄ですが、同時に聴き手の期待値も上がります。それでも私は、誰かに教えること(弟子をとること)よりも、生涯一プレイヤーとして活動していきたいと思っています。
これまでロンドンやアイルランドなど海外でも演奏してきました。自分が幸せに音楽ができ、目の前の人が喜んでくれれば、それがすべてです。

嘘のない自分で、プロとして立つ
── 仕事に向き合う際のマインドセットを教えてください。
祭りは伝統や責任を背負う場、仕事はお客様を楽しませるエンターテインメントの場。私の中ではこの二つは明確に異なりますが、どちらも対等に「本気」で向き合うべきものです。
今この瞬間のパフォーマンスにすべてを注ぎ込む。自分の腕一本で立つソロプレーヤーとして、これからも飾らずに活動していきたいと思っています。
静かな一人旅と、熱狂のスタジアム
──最後に、少しリラックスした質問を。片野さんのおすすめスポットを教えてください。
髙橋酒店です。
── オフの時間はどのように過ごされていますか?
趣味は釣りと相撲観戦、あとは読書です。村山由佳さんや湊かなえさんの作品をよく読みます。最近はサッカーの「栃木シティ」の応援も楽しみの一つですね。
片野聡氏について
千葉県香取市出身。
幼少期から父の影響で祭囃子や郷土芸能、佐原の大祭でのお囃子を通じて育つ。
都内の大学に進学後、地元の佐原の大祭に携わりながら、都内で生活。2005年、千葉県友好使節団として米国へ渡航、佐原囃を披露したことをキッカケに、ソロの篠笛奏者として活動を始める。篠笛奏者として活動する傍ら、船頭の聖地 福岡県柳川市へ渡り、プロの船頭として活躍。
・篠笛コンクールで複数回の優勝、ロンドンのイベント出演、各種イベントや学校での芸術鑑賞会など、全国各地で篠笛の単独演奏を成功
・地域では聖地柳川で学んだ船頭の技術、案内で人気船頭としてご活躍中
▼演奏以来など、お問い合わせはこちらからどうぞ
Linketreeにアクセス
(取材後記)
「篠笛30分の演奏は、船漕ぎ1日分の疲労と同じ」。その言葉からは、片野氏が一回のステージにどれほどの集中力を注いでいるかが伝わります。 地域への想いといった言葉で自身を語るのではなく、ただ目の前にある「音」と「舟」に誠実に向き合い、己を磨き続ける。その姿は、伝統ある佐原の町並みの中で、ひと際純粋な「プレーヤー」としての輝きを放っていました。
▼片野聡氏へのお仕事の依頼は各種リンクよりお願いいたします。
リンクはこちらから